「また、辞めたの?」
そんな一言が、最近はもう驚きでもなんでもなくなってきた。
けれど今回は、ちょっと違った。
辞めたのは、“あの人”だったから。
一見、静かで穏やか。
でも周囲からの信頼は厚くて、誰よりも気配りができて、
何より、仕事がとてもできる人だった。
そんな人が、黙って去っていく。
何も語らず、何も残さずに。
「優秀な人ほど辞めていく」──
きっと、これはただの偶然じゃない。
もしかしたらそこには、声にならない“理由”があったのかもしれない。
今回お届けするのは、
職場でふと耳にした一つの噂をきっかけに、心の中で静かに波紋が広がっていく、
そんな「私」の視点から綴られる、リアルな体験の物語です。
- 第1章:噂は、ふいに聞こえてきた
- 第2章:「辞めるらしいよ」と聞いた時、私は──
- 第3章:直接聞いてみた「どうして辞めるんですか?」
- 第4章:彼女が最後に残した言葉
- 第5章:辞めていった人たちに共通すること
- 第6章:なぜ「優秀な人」から辞めていくのか?
- 第7章:残る人が抱える“モヤモヤ”
- 第8章:置いていかれたような感覚
- 第9章:決断の裏側
- 第10章:もし、私が辞めたら
- 第12章:辞めた人たちのその後
- 第13章:決断を下すということ
- 第13章:あなたが選んでいい
- 第14章:辞める人の言葉が、胸に刺さった日
- 第15章:それでも、私はまだここにいる
- 第16章:決断の瞬間は、いつも静かだった
- 第17章:去る人の背中に、私が見たもの
- 第18章:優秀な人の決断に、心がざわつく理由
- 第19章:答えは、誰にも出せないから
第1章:噂は、ふいに聞こえてきた
「ねえ、知ってる?〇〇さん、辞めたらしいよ」
そんな声が、休憩室の片隅からふっと聞こえてきた。
思わず手が止まり、耳だけがその会話を追っていた。
自分には関係ない話だと思いながらも、心のどこかがざわつく。
〇〇さんは、あの人だ。
黙々と仕事をこなし、誰よりも早くミスに気づいて、
上司にも同僚にも信頼されていた。
とくべつ目立つわけじゃないけど、「あの人がいるから大丈夫」って、
誰もが思っていたはずの人。
だからこそ、なおさら驚いた。
なぜ?いつの間に?
あんなに“ちゃんと”していた人が、どうして──?
「優秀な人ほど辞めていく」
どこかで聞いたことのある言葉が、胸に引っかかった。
それって本当なのかな?
もし本当なら……私は、この場所で何をしてるんだろう?
第2章:「辞めるらしいよ」と聞いた時、私は──
その噂は、昼休憩が終わったころ、ひそひそと耳に入ってきた。
「〇〇さん、辞めるらしいよ」
驚きは、正直あまりなかった。
けれど、胸の奥がざわつくような、言いようのない不安がじわじわと広がっていった。
〇〇さん──あの先輩は、私が入社した頃からずっと頼りにしてきた人。
業務の指導も、ちょっとした愚痴の聞き役も、すべて自然にこなしてくれるような存在だった。
思い返せば最近、少し疲れた表情をしていたかもしれない。
あの日、「私、このままここでいいのかな」って、ふと漏らしていたこともあった。
でもまさか、本当に辞めるなんて。
それも、誰にも相談せず、静かに決めていたなんて。
周囲の人は「優秀だったのに、もったいないよね」と口々に言っていたけど、
私は違うことを感じていた。
「もったいない」のは、どちらだろう?
自分のキャリアや人生に“見切り”をつけて次に進もうとする〇〇さんの決断と、
毎日何かを押し殺しながら、それでも“居続ける”私のこの現実。
心のどこかで、「いつかは私も…」と思っていた。
でもその“いつか”は、たぶん、ずっと来ない。
そのことに気づかされた瞬間でもあった。
第3章:直接聞いてみた「どうして辞めるんですか?」
本当は、聞くつもりなんてなかった。
聞いたところで、何が変わるわけでもないし──そう思ってた。
でも、気づいたら声をかけていた。
「〇〇さん、少しお時間いただけますか?」
職場の近くの喫茶店。
昼休みに待ち合わせて、静かな窓際の席に向かい合った。
〇〇さんは驚いた顔をしながらも、柔らかく笑ってくれた。
「聞いたんです。辞めるって──本当ですか?」
数秒の沈黙のあと、〇〇さんはゆっくりうなずいた。
「うん。本当。ちょっと前から、決めてたんだ」
その言葉だけで、胸が締めつけられるような気がした。
何か悪いことを聞いてしまったような、でも、どうしても知りたかった。
「どうして……ですか?
〇〇さん、仕事できるし、人間関係も良かったですよね?」
そう問う私に、〇〇さんはコーヒーをひと口飲んでから、ぽつりとつぶやいた。
「たぶんね、それが“危ないサイン”だったんだと思うの。
外から見て“何も問題がない”って状態は、
中にいる人が“無理してるかどうか”までは誰も気づかないから」
私は、何も言えなかった。
「周りに期待されて、慕われて──
ありがたいし、うれしいし、でもその分、“私は辞めちゃいけない人”って自分に言い聞かせてた。
でもある日ふと、“それって誰のため?”って思ったの。
私、自分のために仕事してるんだよね?って」
静かな語り口だったけど、言葉の一つ一つがまっすぐ心に響いた。
私はいったい、何のために、誰のためにここに居続けているのだろう。
それを考えたことが、あっただろうか。
〇〇さんの辞める理由は、私の“残っている理由”を見つめ直す問いそのものだった。
第4章:彼女が最後に残した言葉
退職の日。
〇〇さんは、あくまでいつも通りに振る舞っていた。
「ありがとうございました」と笑って挨拶し、花束を受け取り、同僚と軽く言葉を交わしていた。
まるで、いつも通りの帰り支度をするかのように──静かに。
でも私は、その背中に何かを感じていた。
「もう、戻ってこないんだな」
そんな現実がじわじわと迫ってきて、どうしても気持ちの整理がつかなかった。
エレベーター前で、ほんの数秒、ふたりきりになった。
きっと、そんな瞬間を待っていたのは私だけじゃなかったと思う。
「……〇〇さん、最後に一つ、聞いてもいいですか?」
立ち止まった彼女は、ふっと微笑んだ。
「うん、いいよ」
私は言葉を選びながら、でも確かに問いかけた。
「辞めて、後悔してないですか?」
彼女は、一瞬だけ空を見上げるような視線をしたあとで──
私の目をまっすぐ見て、静かにこう答えた。
「私ね、“今の私”を大事にしてあげたかったの。
未来のために頑張るのも大事だけど、
その前に、“今ここにいる自分”がもう限界だったから──それだけ。
後悔って、きっと“誰かに決めさせた選択”をした時に出てくると思う。
これは、自分で決めたことだから、たとえ苦しくても、きっと後悔しないよ」
言葉のひとつひとつが、心にしみこんでいく。
私は、今の自分を大事にできているだろうか?
誰かに気を遣いすぎて、自分の本音をどこかに置いてきてはいないだろうか?
彼女の言葉が、まるで“自分に問いかけるきっかけ”になっていた。
そして彼女は、最後にこう付け加えた。
「あなたのこと、ちゃんと見てたよ。
たぶん、近いうちにわかると思う。
“自分の心に素直になる”って、どういうことか──ね」
そう言って、エレベーターの扉が閉まる直前、
彼女はやさしく笑った。
まるで、「次は、あなたの番だよ」とでも言うように──。
第5章:辞めていった人たちに共通すること
「優秀な人ほど辞めていく」──
そんな言葉を、あなたも聞いたことがあるかもしれません。
実際、私の周りでも、辞めていった人たちは「要領がいい」とか「賢い」とか、
そういう評価を受けていた人が多かった気がします。
でも、私がいちばん印象的だったのは、彼らが“すごく静か”だったこと。
愚痴を言いふらすでもなく、
大きな不満を爆発させるわけでもない。
ただ淡々と、目の前の業務をこなしながら、
ある日突然、「辞めます」と静かに告げる。
それはまるで──
「自分の限界を、もうとっくに分かっていた人の選択」
そんなふうに見えました。
表向きはいつも笑顔で、同僚にも優しくて、
でも内側ではずっと葛藤していたんだと思う。
「ここではもう成長できない」
「このままじゃ、自分が壊れてしまう」
「自分の時間をもっと大切にしたい」
それぞれの理由は違っても、
どこかに“冷静な判断”と“強い覚悟”がありました。
そしてもうひとつ、辞めていった人たちには共通していることがあります。
それは──「次に進む準備をしていた」ということ。
転職先を静かに探していた人。
資格取得やスキルアップを着々と進めていた人。
地方に帰る決意をして、家族と話し合いを重ねていた人。
誰もが、“自分の人生のハンドル”を他人に渡さずに、
ちゃんと握り直そうとしていたのです。
それは決して「逃げ」ではありませんでした。
むしろ、「このままじゃダメだ」とちゃんと自分に向き合った、
勇気ある“前向きな決断”だったと思うのです。
第6章:なぜ「優秀な人」から辞めていくのか?
「優秀な人ほど辞めていく」──
そんな現象に、もはや心当たりがある人も多いと思います。
でも、なぜ“優秀な人”から先に職場を去ってしまうのでしょうか?
それは単純に「能力があるから転職に強い」というだけではない気がします。
彼らには、いくつかの“傾向”があります。
ひとつは──先を見通す力があること。
今の会社にいて、このまま数年後どうなっているか。
自分のスキルは伸びているのか、評価は正しくされているのか。
直感的に“この場所にいることの意味”を冷静に見ているんです。
そしてもうひとつは──自分を過小評価しないこと。
「このくらい我慢すればいい」ではなく、
「この職場に自分を縛りつける必要はない」と、
ちゃんと“自分を尊重している”ように思えます。
たとえば、周囲が口を揃えて「辞めたら損だよ」と言ったとしても、
彼らは“自分の軸”で判断します。
周囲に流されずに、自分の気持ちや将来を最優先にして行動できる。
それが、結果的に「辞める決断」につながっているのかもしれません。
さらに、“優秀な人”というのは、実は「責任感が強すぎる」一面もあります。
だからこそ、逆に「これ以上ここにいると、自分が壊れる」と思ったとき、
潔く身を引く決断も早いんです。
決してネガティブではなく、むしろ“賢明で健全な判断”。
自分のキャリアも、心の健康も、同じくらい大事にしているんだと思います。
もしかしたら、「辞めたらどうなるか」を恐れて動けない人こそ、
本当は一度、彼らのような“見切りの早さ”に目を向けるべきなのかもしれません。
第7章:残る人が抱える“モヤモヤ”
「辞めた方が良かったのかな……」
誰かが去っていったあと、ふと心の中にそんな感情が湧いてくること、ありませんか?
先に辞めた人が「優秀だった」と思えば思うほど、
その決断の背景や理由に、妙にリアリティを感じてしまう。
特に、自分も同じように“しんどさ”や“違和感”を抱えていた場合、
そのモヤモヤはなおさら強くなります。
でも、残った側の自分には、こんな葛藤もある。
「自分にはそこまでの勇気がない」
「責任があるから、簡単に辞められない」
「でも、このままで本当にいいのかな……?」
まるで、出口の見えないトンネルを歩いているような、
答えの出ない“感情の渦”に巻き込まれていく。
そして、そんなときに限って、周りの何気ない一言が刺さったりもします。
「あなたは残るのね」
「やっぱり辞めない人が必要だよね」
──そんな言葉に、ホッとする自分もいれば、
どこかで「それって褒められてるの?」と戸惑う自分もいたりする。
職場に残るという選択が、決して“間違い”ではないことは分かっている。
でも、自分の本音や未来に対して、ちゃんと向き合えているのか──
そんな自問が、静かに心に残るのです。
「自分はどうしたいのか」
「ここに留まることが、自分にとって正解なのか」
誰かが去ったあとに湧く“モヤモヤ”は、
ある意味、自分を見つめ直すチャンスなのかもしれません。
第8章:置いていかれたような感覚
あの人が辞めてから、部署の空気は確かに少しだけ変わった。
でも、それは“悪くなった”というより、“なかったことにされた”ような静けさだった。
周りはそれぞれの仕事に戻り、少し慌ただしく笑いながら話す声も戻ってきた。
けれど、私の中だけは時間が止まったようで、
まだあの人の「辞めるってさ」の言葉が、脳のどこかに残っている。
ひとり、またひとりと去っていく人を見送るたび、
取り残されたような感覚に陥る。
なぜあの人は決断できて、私はできないのだろう。
同じように不満を抱えていたはずなのに。
「変わらなきゃ」と思っているのに、
毎朝のルーティンに流されて、同じ電車に乗ってしまう自分。
目の前の書類と、心の奥で叫ぶ声との間に、どんどん距離ができていく。
そして気づけば、あの人の姿を追いかけている自分がいる。
戻ってこない人に、何を期待しているんだろう。
そう思いながらも、
「私も、あの人のように自分の道を選べる日が来るのかな」
そんな問いだけが、心の中に残っていた。
第9章:決断の裏側
あの人が辞めると知った日。
正直、驚いた気持ちよりも「やっぱり」という感情の方が強かった。
仕事ができて、人間関係の調整も上手で、
誰にでも穏やかに接していたあの人。
でも、誰よりも会社の“おかしさ”に敏感に気づいていた人でもあった。
「違和感ってさ、毎日小さな石ころを靴の中に入れて歩いてる感じなんだよね」
一度だけ、そんなふうに言っていたことがあった。
そのときは笑っていたけど、あれは本音だったんだと、あとになって気づいた。
決断には、時間がかかったんだと思う。
何度も悩んで、何度も“ここに残る理由”を探して、それでも見つからなくて。
最後には、自分の人生を生きるという覚悟が、残る理由よりも重くなった。
それを知ったとき、私は心の中で思わずつぶやいていた。
「すごいな…」って。
辞めるという決断は、逃げでも負けでもない。
むしろ、正面から向き合ったからこその“卒業”だったんだ。
私の中にも、靴の中の石ころはある。
でも、まだそれを出す勇気が持てない。
まだ「今のままでもいいのかも」なんて、自分をごまかしている。
でも、あの人のように一歩を踏み出した人の姿は、
確実に私の心に痕跡を残した。
決断の裏側には、たくさんの痛みと勇気が詰まっている──
それを知ったからこそ、私の中でも何かが静かに動き始めていた。
第10章:もし、私が辞めたら
ふと考えることがある。
「もし、私がこの会社を辞めたら、どうなるんだろう?」
毎朝の通勤ラッシュから解放される。
理不尽な言い方をされて凍りつくような瞬間もなくなる。
誰の顔色をうかがうこともなく、昼休みには心から深呼吸できるかもしれない。
そんな想像をしていると、一瞬だけ心がふわっと軽くなる。
でも、すぐに現実の声が響いてくる。
「今よりもっと孤独になったらどうしよう」
「次の職場でも、また同じことが起きたら?」
「辞めたこと、後悔するんじゃないかな…」
不思議なもので、まだ何も始まっていないのに、
“辞めたあとの未来”にすら責任を感じてしまう自分がいる。
「逃げた」と思われるのが怖い。
「我慢が足りない」と言われるのが怖い。
でも本当は、自分の本音を聞くのが一番怖いのかもしれない。
でも、そんな風に考えてばかりいる自分に、
あの人がかけてくれた言葉を思い出す。
「辞めたあとのことなんて、今考えなくていい。
ただ、“今の自分”がどう感じてるか、それを大事にしたらいいんじゃない?」
未来のことは、誰にもわからない。
でも、“今の自分”を犠牲にしてまで、
未来の不安ばかり抱えて生きるのは、違う気がする。
“もし、辞めたら”という問いは、
実は「本当はどうしたいの?」という問いなのかもしれない。
第12章:辞めた人たちのその後
これまでにも、何人かの同僚が「突然」のように会社を去っていった。
静かに、でも確実に、彼らは自分の人生を選んでいった。
ある先輩は、ふだんは淡々と仕事をこなすタイプだったけれど、
ある日ふとした会話の中で言った。
「実はね、来月で退職することにしたの」
驚いた私に、先輩は少しだけ笑って、こう続けた。
「たぶん、私ってこのままだと何も変えられない気がして。
怖かったけど、自分の気持ちにウソつく方がもっと怖いって思ったんだよね」
あの言葉は、ずっと心に残ってる。
別の同僚は、仕事のやり方に悩んでいた。
理不尽な指示や、不透明な評価制度に耐えかねて退職。
数ヶ月後にSNSで偶然近況を知った時、
まるで別人のように明るくなっていた。
「今、仕事が楽しい」
その投稿に添えられていた写真は、
新しい職場で笑っている彼女の姿だった。
もちろん、辞めたからといってすぐに理想の環境に出会えるとは限らない。
でも、自分の意思で一歩を踏み出した人たちは、
どこかで共通して「自分の人生を取り戻した」ように見えた。
彼らが辞めた理由はそれぞれ違う。
でも、共通していたのは「今のままではいられない」と気づいたこと。
そして、その気持ちをごまかさなかったこと。
誰もが自分に正直になったとき、
“辞める”という選択は逃げではなく、“生きる”という選択肢に変わっていた。
第13章:決断を下すということ
「辞めようかな」
「でも、まだ頑張れるかも」
「こんな理由で辞めたら、逃げになる?」
――頭の中で同じ問いが、何度も繰り返される。
何度も結論を出しては、また覆して、また戻って。
そして、結局今日も辞めずに出社する。
たぶん、“決断”って、劇的な瞬間に下すものじゃない。
小さな違和感を積み重ねて、
自分の中にある「もう無理だな」の声に、
ようやく耳を傾ける、静かなプロセスなんだ。
辞めることに「正解」なんてない。
このまま残った方がいいかもしれないし、
新しい環境でもっと苦しむかもしれない。
それでも、選ばなきゃいけないのは「今の自分」にとってのベスト。
だからこそ、決断には勇気がいる。
そして、その勇気は、
他人に背中を押されるものじゃなくて、
自分の中に生まれてくるものなんだ。
「もう十分頑張った」
「私の気持ちに正直になってもいいかな」
そんな風に、自分に向かってそっと言えたとき、
人はようやく、次に進む一歩を踏み出せるんだと思う。
第13章:あなたが選んでいい
「ここに残るのも、出ていくのも、あなたが決めていいんだよ。」
そんな言葉を、私はずっと誰かに求めていたのかもしれない。
誰かに背中を押してほしかった。
誰かに「正解」を教えてもらえたら、どんなに楽だったろう──そんなふうに思ってた。
でも、本当は気づいていた。
“他人が出す正解”では、自分の心は満たされないってことに。
人によって、正しいと感じる道は違う。
「辞めて正解だった」という人もいれば、「続けてよかった」と思う人もいる。
どちらも、その人にとっての正解であって、
私にとっての正解は、私にしかわからない。
だからこそ、
怖くても、不安でも、モヤモヤしていても、
「自分で選ぶ」ってことが、すごく大切なんだと思う。
選んだあとで、きっといろんなことがある。
「やっぱり違ったかも」って思うことだって、あるかもしれない。
でも、それでもいい。
自分で選んだ道なら、きっと後悔も力に変えられる。
悩み抜いて決めたことなら、それはもう立派な“あなたの選択”だよ。
第14章:辞める人の言葉が、胸に刺さった日
「私、この会社を辞めることにしたんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がギュッと締めつけられた。
私の隣でいつも冗談を言って笑っていた先輩が、突然そんなことを口にしたのは、ランチの帰り道だった。
あまりに唐突だったけれど、彼女の表情には迷いがなかった。
どこかスッキリした顔で、晴れやかな口調だった。
「このままここにいても、自分が成長できる気がしなくてね」
「…それに、もうちょっと自分を大切にしたいって思ったの」
その言葉が、不思議なくらい心に残った。
会社って、辞めていく人に対して何かと“理由”を求めがちだけど、
彼女の言葉は、誰かを責めるでもなく、未来に向けた静かな決断だった。
それは、「逃げた」とか「負けた」なんて言葉じゃ到底片づけられない。
むしろ、“優しすぎる人ほど、自分を傷つける前に離れていく”という事実を、
私はあの時、初めて肌で感じたのかもしれない。
心を守るために辞めるという選択。
それは、弱さではなく、強さだということを――彼女が教えてくれた。
第15章:それでも、私はまだここにいる
先輩が去ったあと、オフィスの景色が少し変わったように感じた。
同じ机、同じパソコン、同じ会議……
でも、そこに彼女の姿がないというだけで、空気の温度が違っていた。
私は今も、まだこの職場にいる。
忙しさに流されながら、「辞める」という選択肢を頭の隅に抱えたまま。
心のどこかで「私も、あの先輩みたいに前に進めるのかな」と思いながら。
でも、まだ決断できない自分もいる。
生活のこと、将来の不安、次に何をしたいのかもよくわからない。
ただ、「ここに居続ける理由」も、「辞めたい気持ち」も、どちらも本音なのだ。
辞めた人が強いとか、残った人が弱いという話ではない。
大事なのは、“どんな気持ちでそこに立っているか”ということ。
逃げないのも、逃げるのも、
どちらも“自分を大切にする”という行動の一つなんだと思う。
たとえ今は一歩が踏み出せなくても、
心の声を無視しないでいること――それだけは、手放さないでいたい。
第16章:決断の瞬間は、いつも静かだった
「よし、辞めよう」と思った瞬間を、ドラマのように鮮やかに覚えている人は、実は少ないかもしれない。
むしろ、それは日常の中にぽつんと現れる“静かな確信”のようなものだ。
「このままじゃダメだ」と思った夜、
駅のホームで立ち止まったとき、
何気なく見た求人広告に心がざわついたとき──
その瞬間が、あとから思えば「決断の始まり」だったのかもしれない。
周囲に宣言するわけでもなく、
気持ちが整うまで、ずっと一人で抱えていた。
だけど、確実に心は動いていた。
少しずつ、少しずつ、今の場所から離れる覚悟が育っていた。
誰にも言えなかった迷いも、
見えない未来への不安も、
すべて抱えたまま、それでも前に進むことを選んだ。
そう、決断はいつも静かに訪れる。
それは、何かを“あきらめる”のではなく、
“自分の気持ちに応える”ための、静かな一歩なのだ。
第17章:去る人の背中に、私が見たもの
会社の玄関を静かに出ていく人の背中は、いつもなぜかきれいだった。
荷物は少なく、姿勢はまっすぐで、どこか吹っ切れたような表情をしていた。
私が声をかけられたのは、ある日、休憩室でふたりきりになったときだった。
「〇〇さん、ありがとうね。実は、今日で最後なんだ。」
唐突なその一言に、私は返す言葉を見つけられなかった。
何度も業務でやり取りした先輩。優しくて、でもどこか達観している人だった。
「限界まで頑張ったけど、やっぱり自分を大事にしようと思って。」
その言葉が、ずっと胸に残っている。
“逃げ”ではなく“選択”としての退職──それが、あの人の背中から伝わってきた。
そして私は思った。
私のこの日々は、果たして私が本当に望んだものなのか。
ただ流されているだけじゃないのか。
「自分を大事にする」って、どういうことなのか──。
あの背中は、私に問いかけていた。
誰かの決断が、別の誰かの心を動かすこともある。
静かだけれど、確かな影響がそこにはあるのだ。
第18章:優秀な人の決断に、心がざわつく理由
なぜだろう。
「できる人」が辞めるとき、私たちは想像以上に心を揺さぶられる。
仕事が早くて、気配りもできて、信頼されていた人。
その人が「辞めます」と言った瞬間、空気が一変する。
──え、なんで?
──もったいないよ…
──この会社に不満なんてないと思ってたのに…
まるで自分の信じていた「現実」にヒビが入るような、そんな感覚。
「この人ですら辞めるんだ」と知ると、
それまで気づかないふりをしてきた違和感や我慢が、急に色を帯びて見えてくる。
しかも、辞めたあとに充実した様子でSNSに投稿している姿を見かけると──
なんだか、羨ましくて、悔しくて、胸が苦しくなる。
それは、たぶん本当は自分も気づいているから。
このままではいけないって、
今の場所で笑えていないって、
でも、動き出す勇気が持てていないだけだって──。
だからこそ、辞めた人の決断はまぶしく見えるし、
自分の弱さを突きつけられたように感じてしまう。
だけど、それでもいいんだ。
誰かの選択に揺れることも、自分を見つめ直すきっかけになる。
そうして少しずつでも、前に進めたら──それが本当の強さなのかもしれない。
第19章:答えは、誰にも出せないから
誰かの退職をきっかけに、
今の自分の居場所に疑問を持ったとしても──
その感情を「流されやすい」と責める必要はない。
人の言葉に心が動くのは、それだけ自分の奥に“響くもの”があるからだ。
「このままでいいのかな」
「本当は変わりたいのかな」
「でも、どうすればいいか分からない…」
そんな気持ちが、いくつもいくつも、心の中をめぐっていく。
でもね──
答えは、誰にも出せない。
職場の人も、SNSの誰かも、家族ですらも。
最後の決断は、あなただけのもの。
迷う時間があっていい。
揺れる気持ちを抱えたまま進んでもいい。
大切なのは、あなたが自分の気持ちをごまかさないこと。
「このままじゃいけない」と思ったその直感に、そっと耳を傾けること。
たとえ今すぐ動けなくても、
心の奥で「違う景色を見たい」と感じているのなら、
その想いが、やがてあなたを導いてくれる。
誰かの辞めた理由に答えを探さなくてもいい。
あなたは、あなたの気持ちに向き合えばいい。
それが、あなた自身の“納得”へとつながっていくから──。
…そして、ここまで読み進めてくださったあなたへ。
こんなにも長い文章に、最後まで目を通してくださって、本当にありがとうございます。
もしかすると、あなたも今、
揺れる気持ちを抱えている最中かもしれません。
それでも、ここまで読み切ってくれたこと自体が、
あなたが「何かを変えたい」と願っている小さな一歩なのだと思います。
誰にも見えない場所で、心の中でそっと迷っているあなたへ──
どうかその想いが、いつかあなた自身のために実を結びますように。
この言葉たちが、ほんの少しでも、あなたの支えになっていたら嬉しいです。
心から、ありがとう。
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